タスマニア再発見

豪州国内で毎月発行されている日豪プレス紙と同時掲載でお送りする新特集
当社代表の千々岩 健一郎が同紙に連載する新しいコラムです。
タスマニアの魅力を新しい切り口で紹介するこのコーナーをどうぞお楽しみください。

第19回日豪プレス 2010年3月号掲載 西部開拓の歴史 ウイルダネス鉄道

マウントライル鉱山鉄道は、西部の町クイーンズタウンと港町ストローンのレガッタポイントとを結ぶ35kmの路線で、1896年から67年間に渡ってタスマニア西部開拓の歴史を担った鉄道である。タスマニア東部との行き来を可能にするライル道路が開通したのは1932年。それまでこの鉄道が西の地域と外界とを結ぶ唯一の交通機関であった。
クイーンズタウンの精錬所で生産された銅を海外に向けて運び出すと共に、西部に住む人々の生活を支える重要な足だったのだ。
1963
年の廃止以降も、多くのエンジニアや鉄道愛好家がこの鉄道の復活を求めていたが1998年の国家予算による補助が決定されると共に復元に向けての作業がスタートした。

この鉄道の最大の特徴は、急坂を登るためにスイスで開発されたアプト式の技術を採用していること。
線路の間にノコギリ状のラックを敷設して、機関車の真下にある歯車がこのラックをかみながら登って行くという方式だ。日本の碓井峠などでも利用されていたので日本人にはなじみが深い。列車は、標高
200mのライナディーナの頂上まで最大千分の62の急勾配を喘ぎながら登っていく。
そして、後半のキングリバーに沿った深い渓谷沿いのルートには大小合わせて
42ヶ所もの橋がかけられている。
最初の線路の敷設も
2年半の月日を要する難工事であったが、復元工事にはなんとそれ以上の3年を要したという。廃止後、撤去された線路の後には森林が生い茂り、木造の橋は朽ち果て、洪水が路肩を洗い流してしまっていたのである。

復活の為のもうひとつの難関は、アプト式の蒸気機関車の復元だった。驚くことに、ドイツで設計され英国のグラスゴーで製作、輸入された5機の機関車のうち、スクラップとなった4号機を除きすべてが保存されていた。
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号機はジーハンの開発博物館、2号機はホバートの交通博物館、3号機はクイーンズタウンの旧駅跡地での展示、5号機はメルボルンの博物館。 鉄道復活の決定とともにかつての技術者たちが呼び集められて機関車の復元修理の作業が開始された。これらの人々の努力と熱意によって、予想よりははるかに短い時間で1号機、3号機2台の機関車が動けるようになった。

20027月、マウントライル鉱山鉄道は、観光用の西海岸ウイルダネス鉄道として生まれ変わり、40年ぶりに運行を再開した。
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台目の5号機もまもなく修理を終えて復帰の予定とのことである。
注:この鉄道の運営を行ってきたフェデラルグループが、2013年4月末をもって運営を中止する旨の決定を行いました。施設の改修に膨大な費用が必要となるためです。現在 州を上げてこの費用の捻出と代わりのオペレーターを見つける方策を検討しています。 この鉄道の運行が再開されることを強く願うものです。

上の写真:左から 復元された3号機、機関車に残るマウントライルの名称、中間駅バルルラルルにて停車中    
下の写真:左から アプト式の歯車(復元中の5号機のもの)、敷設されたノコギリ状のラック、クラシックなイメージの木造の客車


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