タスマニア再発見

豪州国内で毎月発行されている日豪プレス紙と同時掲載でお送りする新特集
当社代表の千々岩 健一郎が同紙に連載する新しいコラムです。
タスマニアの魅力を新しい切り口で紹介するこのコーナーをどうぞお楽しみください。

第46回日豪プレス 2012年6月号掲載 ハンター通りの アートホテル

豪州で2番目に古いホバートの町が出来たのは1804年。サリバンズコーブの入り江にあったハンターアイランドという島にレディネルソン号が接岸して入植が始まった。後に、この島は周辺が埋め立てられ、地続きとなってハンター通りと名前を変え、交易にもっとも適した埠頭として多くの建物が建てられ賑わうことになった。
中で最も成功を収めたのが、
Henry Jonesのジャム工場。ここでジャムが作られるようになった1869年、ヘンリーは12歳からここで働き始め、週6日毎日10時間の労働を重ねて、このビジネスを引き継いだのが1885年、彼が27歳のときであった。彼は、“どこにも負けない優れた商品を作る”というモットーからIXLのブランドを創り、事業に邁進した。ヒューオンバレーで収穫された各種の果物から缶詰のジャムを作るビジネスは成功し、この通りのほとんどの建物を工場として使用するまでになった。
そして、彼のビジネスは果物や木材、輸出、鉱業などに拡大して
20世紀のはじめにはタスマニアで最大の会社に成長、タスマニアでは最初のナイトの称号を受け、1926年彼が逝去した折には、5000人以上の人々が弔問に訪れたそうである。

そして、この工場の閉鎖から30年後(2004年)、このハンター通りにヘンリーが残したジャム工場の跡地と建物群が、モダンで斬新なデザインのホテルとして生まれ変わることになった。その名もヘンリージョーンズ・アートホテル。名前の通り、施設内には300点以上の美術品が展示をされている。隣接するタスマニア大学美術学部から提供される作品群もある。アートホテルの名前の通り各部屋の造りも凝っている。どの部屋も画一的ではなく、当時のジャム工場の建物を構成していた石壁や木造の柱や梁、あるいは機械の一部までが装飾としてそのまま利用され、各部屋の異なったデザインを特徴付けるものとなっている。
施設としてさらに秀逸なのはガラスの屋根で覆われたアトリウム。建物3階分の高さの空間を持つこの中庭は、当時の作業場の荒壁がそのまま残されていて、モダンでスタイリッシュな素材と調和する特異な雰囲気の場所になっている。

完成直後、暖まった部屋の壁や天井の隙間からジャムのしずくが落ちてきたといった冗談のような話もあるが、ホバート訪問の折には是非ご宿泊を。とはいっても価格も尋常ではありませんが。
夜間ライトアップされたハンター通りの建物群は見るだけでも美しい。宿泊しない場合でも、港周辺のぶらぶら歩きの折に是非立ち寄ってはいかが。

上の写真:左から ハンター通りに面した外観とむき出しの砂岩の通路
下の写真:左から ホテル内の通路、改装途中のアトリウム、部屋のひとつ


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