タスマニア再発見

豪州国内で毎月発行されている日豪プレス紙と同時掲載でお送りする新特集
当社代表の千々岩 健一郎が同紙に連載する新しいコラムです。
タスマニアの魅力を新しい切り口で紹介するこのコーナーをどうぞお楽しみください。

第48回日豪プレス 2012年8月号掲載 南極に近い? ホバート

南半球の冬場のこの時期、ホバートの岸壁にはオレンジ色の鮮やかな船が停泊している。
オーストラリアの南極観測船オーロラ号「
Aurora Australis」である。卵の殻を半分にしたような独特の丸みを持つ砕氷船で、船殻には氷の壁と戦った傷跡がまざまざと付いているのが見える。そうこの豪州最南端の州都ホバートは、オーストラリアの南極基地に対する補給ベースの町なのだ。郊外のキングストンに連邦政府主管の南極局の本部があり、ここが中心になって、CaseyDavisMawsonの3つの南極基地とマクワリー島の観測施設に対する補給活動を行っている。 ただし、南極に近いといっても、最も近いCasey基地まで3430km 、最もはなれたMawson基地までは5462Kmの距離があり、オーロラ号の船旅で10日間から2週間程度の日数がかかる。従って、夏場の天候の良いシーズンは、ホバート空港から航空機(エアバスA319)による補給も行っている。このエアバスには最大で200人の乗客が乗れるとのことだが、通常は主として緊急物資や研究員、郵便物、病気や傷害を負った研究員などの運送を対象としている。
ホバートには南極探検の初期の歴史に絡んだ話がある。南極点に人類として初めて到達したのはノルウエーの探検家アムンゼンであることはご存知ですね?この記念すべき日は19111214日。そしてこのニュースを世界に発信したのがホバートのホテルだったのです。アムンゼンは南極点への到達という快挙を成し遂げて翌年の3月7日にホバートに到着、市内のHadley’s Hotelからこのニュースを世界に発信した。1834年に囚人たちの手によって造られたという建物は現存し、今でもタスマニアで最古のホテルとして営業を続けている。
実は、オーストラリアの南極探検の歴史も古い。このアムンゼンの南極点到達と時を同じくして、地質学者Douglas Mawson博士が率いる初めての探検隊が1911年の12月にホバートを出発している。この探検隊はわずか600トンの初代オーロラ号で南極大陸に渡り4年間にわたって探検調査を行った。この探検の目的は、アムンゼンやスコットのような南極点到達の先陣争いではなく、もっぱら自国から最も近い南極大陸の地質などの学術調査を目的とするものであったようだ。折りしも昨年から今年にかけてはこの最初の探検から100周年にあたり、これにちなんだ各種のイベントが行われている。またCSIROの海洋研究所に隣接するプリンセス埠頭では、タスマニア大学に付属する研究施設IMASInstitute for Marine and Antarctic Studies)の建設が2013年の完成を目指して進んでいる。

上の写真:左から ホバート港に停泊中のオーロラ号
下の写真:左から 建設が進むIMAS, 当時の探検隊の様子をモチーフにした銅像、ハドリーズホテル


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